卓上カレンダー名入れ・ケース・オリジナル2012年版


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カレンダーの日
日本が太陽暦を採用した12月3日にちなんで昭和62年(1987年)に全国団扇扇子カレンダー協議会が定めました。
この太陽暦採用にあたり、官民を巻き込んだ大混乱のエピソードをご紹介します。
時は江戸から明治へ移り、西洋文化を急速に取り入れていた明治新政府は、明治4年(1871年)に雇用する官吏の給料を、それまでの米の石高による年俸制から現金による月給制にすることを決めました。
ところが、この急速な西洋化は、やがて大混乱を招きます。この当時は、旧暦が使われていました。皆様ご存知のように、旧暦は閏年があり、「1年=13ヶ月」になる事があります。その翌年の明治6年(1873年)は、旧暦で13ヶ月あり、政府は13ヶ月分の給料を支払わなければなりません。この明治新政府は財政難を抱えており、この1ヶ月分プラスの支払いで政府が破産しかねない状況でした。
明治政府は、この事態を月給制導入の翌年(明治5年)に気が付きます。慌てた政府は、その年の11月9日、「翌月(12月)は2日までとし、12月3日を明治6年1月1日として、太陽暦を採用する」という太政官布告を発表しました。
まさに荒技。これにより翌年の月給は12ヶ月分に、またこの12月は2日しかないのを理由に無しとし、合計2ヶ月分の給料を支払わずに済ませました。
この事で財政的に大いに助かることとなりました。
当時、この急な改暦は「外国との交渉時に不都合が多いため」と説明されていましたが、後に当時の実力者の大隈重信は回顧録で上記のドタバタの経緯を記述しており、それがきっかけで事の次第が判明しました。
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